名古屋地方裁判所 昭和35年(モ)1259号 決定 1960年9月14日
申立人 田村久夫
相手方 国
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和三五年七月五日附でした強制執行停止決定を取消す。
理由
本件申立の要旨は、「名古屋地方裁判所書記官補角谷豊は昭和三四年七月二三日同庁昭和二九年(ワ)第一四八一号建物収去土地明渡請求事件の判決につき申立人に対し強制執行のため相手方に執行文を付与した。しかしながら、申立人は右債務名義の基本となつた右事件につき裁判所から訴状をはじめとして呼出状、判決正本等いかなる書類も受領したこととてなく、ましてや自己の訴訟代理人を選任して訴訟にあたらしめた覚えも全くない。してみれば右判決は適法に申立人に送達されたものとはいえず、従つて右判決は未だ確定していないというべきであるにも拘らず前記のように書記官がこれを確定したものと誤認し、執行文を付与したのは違法であるから、右執行文の取消並びにこれに基く強制執行不許の宣言を求むる。」というにある。
よつて按ずるに名古屋地方裁判所昭和二九年(ワ)第一四八一号建物収去土地明渡請求事件(名古屋高等裁判所昭和三〇年(ネ)第四四号同控訴事件、最高裁判所昭和三一年(オ)第五三二号同上告事件)の記録によれば、前記債務名義の基礎となつた右訴訟事件の訴状は昭和二九年七月二一日被告たる申立人に送達され、申立人は同年八月三一日右事件につき近藤亮太、寺尾元実弁護士を訴訟代理人に選任し、該事件は右両弁護士によつて訴訟の追行がなされた結果、昭和三〇年九月二三日名古屋地方裁判所により申立人敗訴の判決が言渡され、次いで昭和三一年三月二三日名古屋高等裁判所において控訴棄却の、昭和三四年四月一五日最高裁判所において上告棄却の各判決の言渡があり、右判決の正本はいずれも右訴訟代理人に送達されていることは一応認められる。
申立人は右訴状送達の受領も、訴訟代理人の委任行為もともに申立人不知の間に何者かが申立人の名義を冒用してなしたものであるから右無権代理人に対しなされた判決の送達も違法で、未だ判決は確定していないと主張するが、仮に事実にしても右のとおりであるとしても、およそ、訴訟において被告がその当初から当該訴訟手続に全く関与せず、終始無権代理人によつて手続がなされた末逐次第一、二、三審と夫々その判決が言渡されたような場合には、右無権代理人に対する判決の送達も不適法とはいえないものと解すべきである。蓋し、訴訟手続はこれを一体として観察すべく、他のすべての訴訟行為につき無権代理人が関与した点を不問に付して、偶々判決の送達が無権代理人に対しなされた点のみを捉えて判決は未だ確定していないと解することは許されないものというべきである。かかる場合にこそ、訴訟代理権の欠除を理由として再審にその救済を求めるべきであり、判決の未確定を理由として執行文の取消並びにこれが強制執行不許の宣言を求めることはできないものと解すべく、かくて前示確定判決に執行文を付与したことに何等違法の廉のない本件にあつては、申立人の右主張はその理由がないものといわなければならない。
よつて本件申立を却下し、本件につき当裁判所がさきになした強制執行停止決定を取消し、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 杉浦竜二郎)